以前、ドイツは東ドイツ、西ドイツに分かれていた歴史があります。

今のドイツになったのが何時かご存知でしょうか?

私はベルリンの壁がなくなったと同時と思っていたのですが、
違っていたんですね。

それにベルリンは旧東ドイツの中に
西ベルリンと東ベルリンがあった事は、
知りませんでした。

ということはベルリンの壁って西ベルリンを
囲むように作られていたのですね。

当時ニュースでベルリンの壁を壊す映像を見て衝撃を
受けた記憶があります。

その上、ベルリンの壁を壊すきっかけが、1989年、
東ドイツ政府のスポークスマンの勘違い発言だったことに
驚きました。

この勘違いが無かったら今どうなっていたんだろう…
想像がつきません。

その1年後に東西のドイツが統合し、現在のように
一つになったと知りました。

参考資料https://www.excite.co.jp/news/article/Tabizin_225382/

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黒と赤と黄色…ドイツ国旗にどんな意味がある?

現在の国旗は旧西ドイツの物で、元々、19世紀初めに、
ナポレオン軍との戦いに参戦した学生着義勇軍の
軍服の色を取り入れています。

黒はマント、赤は肩章、黄色(正式には金)はボタンに由来し、
自由と統一を象徴しています。

この三色がドイツ国家を象徴する色と憲法で定められ、
意味は勤勉・情熱・名誉を表しています。

ドイツが東西に分裂していた時代の
国旗は気になりませんか?

東ドイツ時代の国旗はご存知でしょうか??

当時の東ドイツの国旗は現在の国旗の中心に
国家人民軍、東ドイツの軍隊のエンブレムが
加えられたものが使われていました。

東ドイツ国旗

では、こちらの国旗をご覧になったことありますでしょうか?

中心に描かれているものは、想像ができますが、
ドイツが東西に分裂していた頃、オリンピックで
使われた統一チームの国旗です。

この国旗は、1956年から1964年まで
使用されています。

1964年と言えば東京でオリンピックが
開催された年ですね。

参考資料Https://www.sarago.co.jp/nfhtm/de.html

知ったらさらに知りたくなる!ドイツ国旗が出来た背景にある歴史的出来事とは?

 

ドイツ国旗のカラー「黒・赤・黄」の三色の由来は
ナポレオン戦争の時のシンボルがきっかけなのですが、
現在の国旗に至るまで何度か変更されています。

ナポレオン軍との革命に挫折し、オーストリアとの戦いの際、
敵国の国旗の色と同じだったため、「黒・白・赤」の横三色の
旗に変更されています。

これは、ドイツ帝国が鉄と血によって統一した時です。

ドイツ帝国時代の国旗

第一次世界大戦でドイツが敗北した後に
自由主義思想の影響が強い国民運動によって、
「黒・赤・黄」の三色旗に一度戻ります。

しかし、ヒトラーがナチス政権を握ると再び
国旗が党旗の「黒・白・赤」の三色の鉤十字になっています。

ナチス政権時代国旗

そして、第二次世界大戦の敗北後、ナチス政権が終わり、
「黒・赤・黄」が復活し、現在の国旗になっています。

一般的にその国の体制が急激に変わった時、旗は、
その体制の理念に応じて変更されるとのことです。

ドイツも同様、本来の国旗というものは
無かったようです。

その為ナポレオン革命の時代から現在に至るまで、
体制が変わる度に国旗が変わっていったのでしょう。

ヨーロッパの歴史は革命や戦争が多く、
体制が変わる度に国旗が変更される事は
珍しくない様です。

ドイツも革命、戦争により国旗が変わり、
第二次世界大戦の敗戦により国自体が東西に分かれ、
一時期は国旗が2種類あったことがあります。

参考資料https://hokusyu.hatenablog.com/entry/20040423/p1

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まとめ

私は、国旗がその国の体制の理念によって
変化するという歴史に、衝撃を受けました。

なぜなら、日本は天皇中心にした国家を理念としていた為、
戦争が起きても国旗が変わるという事が無かったのですから。

国旗を見れば体制が変わったタイミングを知ることができ、
歴史を知るきっかけになりますね。

フランス、イタリア等他のヨーロッパの国々と
比べるとドイツは、複雑な歴史を持った国という
感想をもちました。

 

 

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